『世界のキッチンから』は、「旅するフォトグラファー」こと高橋ヨーコさんが、南米、アジアなど18ヶ国を訪れ、その中でもどちらかというとローカルな家庭のキッチンのありのままの姿を捉えた写真集だ。
「何も演出していない、いやできない状況」で撮影された写真に写っているのは、キッチンに立つ誰かの背中だったり、食べ物を頬張る子どもだったり、焦げたフライパンや鍋、中身の減った味料の瓶、食べかけの皿など、どれもがこの世界に確かに存在する、誰かの1日が写っている。 ページをめくっていると、自分の過去にも確かにこんな場面があった気がして、胸の奥がツーンとする。
実家のキッチンはこんなにおしゃれではなかったし、母はどちらかというと料理上手ではなかったから、料理にまつわる思い出は多くない。それでも実家のキッチンを思い浮かべた時、今は亡き父がいて、祖母もいて、そんな家族の気配を感じながらご飯を頬張っていた私の姿が見える。そんな記憶でも、心を温めるには十分だ。
今、母が一人暮らす実家のキッチンは、料理が作られることもなく、そこで食べる人もなく、食卓の上は物置場のようになっている。眼にするたびにガッカリもするが、それこそが今の母の暮らしそのものだ。
キッチンで作られるのは料理だけではない。人の暮らしの営みそのものであり、だからこそ時に残酷で、そして味わい深い場所なのだ。
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世界のキッチンから/美術出版社
定価 2900円+税
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